六本木ミッドタウンに講演を聞きに行ってきた。
講師は田中泰延(たなかひろのぶ)氏。
現在、16万部のベストセラーになっている『読みたいことを、書けばいい。』の著者である。
文章を書きたい人の多くが、本書を2019年のベストにあげており、僕もそのうちの一人だ。
ずっと講演を聞きに行きたいと思っていたが、なかなかタイミングが合わず、機会を逃していた。
今回が著作についての講演は最後になりそうというツイートを見つけ、仕事の都合を調整。
なんとかラストチャンスに滑り込むことができた。
そして、いよいよ当日がやってきた。
18時32分、受付開始2分後に会場に到着。
すでに受付が始まっており、列ができていた。
今回のキャパは追加分も含めると、240名という規模。
とても横に長い会場。
僕は演台に向かって少し右の前から3列目に着席した。
会場に来る前に、お手洗いに行っていたが、開演5分前に不安になって、もう一度お手洗いに席を立った。
急ぎ足で男性用に入っていくと、角を曲がったところで、ご本人が目の前にあらわれた。
(おわっ!田中さんだ!)
こういう時、人は思ったより何もできないものである。
マスクをしていたので、目で会釈をするのが精一杯。
田中さんも軽く「どうも」って感じで返してくれていたような気がする。
そして、19時。
いよいよ講演が始まった。
まちがいなく言えることは、これ。
とにかくボケまくっていて、ずっと笑いが絶えなかった
もちろん、僕もたくさん笑わせていただいた。
マイベストは炊飯器。
「食べたいときだけ炊けばいい」
会場は爆笑の渦。
笑いを説明するなんて、野暮なことはしない。
会場にいなかった方は、なんのこっちゃだろうが、面白かったのは間違いない。
琴線に触れた言葉やシーンは、人それぞれ。
さて、僕の感想。
まず、正直なことを言うと、あれもこれも目から鱗でした!みたいなことは、なかった。
僕は田中氏が書いたものをたくさん読んでいた。
田中氏のみならず、その周辺の記事もたくさん読んでいた。
だから、既知のことが多かった。
特に本の内容については、当たり前だが、エッセンスは全部本に書いてある。
補足や具体例の説明で理解は深まるが、初めて本を読んだ時のような感動はない。
もし、この講演に行きたかったけど行けなくて、知識やノウハウ的なことに興味がある方は、本を買って読んで、ネットに散らばる田中氏の記事を読み漁れば、ほとんどカバーできると思う。
ただ、これをライブで聞けたということには、大きな価値がある。
講師と同じ部屋の空気を吸う
このこと以上に、講演会の価値はないと思う。
あの笑いの渦と田中氏の熱量は、体験した人しかわからない。
それに、目から鱗という発見がたくさんある講演会ではなかったけれど、それはそれでいいと思っている。
本を読むとき、一つか二つすごく心に刺さることがあれば、その本には価値があったと思っている。
講演会もまたしかりである。
では、今回の講演会で、グッと来たことは何だったのか?
印象的だったのはこれである。
『#読みたいことを書けばいい』講演会終了。
ずっと笑いが絶えない会だった。
その中で紹介された膨大な量のベートーヴェンのスライドに「調べる」の圧倒的な力を感じた。
原動力は「愛」だ。
ベートーヴェンを語る田中氏は、すごく楽しそうだった。
また読み直して、調べながら書こうと思った。 pic.twitter.com/i1dpTj1Kzi
— みやろぎお@本と言葉とwebの虫 (@sa_rogio) February 3, 2020
ベートーヴェンのくだり。第九の話。
とにかく、田中氏が楽しそうに話すのだ。
僕が「愛」と書いたのは、本書に「愛」という言葉が出てくるからである。
くわしくは185ページをご覧になっていただければである。
で、この「楽しそうに」話す田中氏が、なぜそんなに印象に残ったのか?
僕はある人の発言を思い出した。
ホリエモンこと堀江貴文氏である。
堀江氏は「講演会はやりたくない」とよく言っている。
その理由を、次のように語っている。
「僕はインプットしたい人間で、講演会って基本アウトプットしかないから、つまらないんだよね」
これである。
別にアウトプットしたいわけではない。
お話してくださいと頼まれて、話している。
そして、それはつまらないと。
ひるがえって、田中氏である。
ご本人の名誉のために断っておくが、田中氏が講演をやりたくないと言っているわけではない。
それどころか、サービス精神旺盛な人であるから、とても面白く話をしてくださる。
おそらく「聞きたいことを話している」から、ご自身でも面白がっていらっしゃるはず。
それでも、本の内容は、すでに書いたこと。
田中氏は知っていることである。
そして、どこまで本当かどうかは定かではないが、文章を書くのは「世界で一番イヤなこと」という人である(p105)。
それを頼まれて、話している。
だから、本の内容について話す部分は、そこまで楽しいわけではないだろう。
では、ベートーヴェンはどうか。
ものすごく好きなことである。
合唱団に入り、長年にわたって第九を歌い、果てはウィーンまでクリムトの絵を見に行くくらい、大好きなことである。
だから、話している表情がまるで違う。
どんな他の例え話よりも饒舌だし、目をキラッキラに輝かせて話している。
随所に差し込むボケも、キレッキレである。
放っておけば、いくらでも話していそうな勢いがある。
好きがドバドバあふれ出している。
そう、好きなことを人に話すのは、楽しいのだ。
ご本人も講演中に仰っていた。
「僕は話したいんですよ、こういう話が!」
と。
これが「楽しそうに」の正体なのだと思った。
ここで、ある言葉がググっとせりあがってくる。
調べることは愛することだ。(p185)
そう、「愛」である。
ベートーヴェンの膨大なスライドは、愛の結晶なのだ。
文字で
写真で
音声で
動画で
あらゆる事象をもって伝えようとする意志。
圧倒的な迫力。
愛の深さは、表情や声色にあらわれる。
文章なら、行間にあらわれる。
愛をもって「ねっ、面白いでしょ!」と語る人。
そりゃ講演も文章も面白いはずである。
田中氏の「楽しそうに」から、僕はあらためて「調べる」ことの大切さ、楽しさ、そして喜びを感じた次第である。
最後に、この本を生み出したもう一人の主人公、ダイヤモンド社の編集者である今野氏が登壇。
今野氏も「愛」を語った。
自分の心象に嘘をつかない
これが本書を生み出したきっかけであり、田中氏と自分をつないでいるというお話。
とてもまっすぐな言葉。
僕は心のノートに書き留めた。
数日前、田中氏はあるトークイベントに出演した。
そこでは、自分のことを知っている人が数名という、いわばアウェー状態だった。
講演会の序盤、その話をまくらに、田中氏はこう言った。
「今日はありがたいですね」
会場に集まっている人は、みんな田中氏を知っている。
田中氏が大好きな人ばかりである。
終演後、深々とお辞儀をする田中氏と今野氏。
そこに沸き起こる万雷の拍手。
会場は「愛」につつまれていた。
愛と笑いの講演会。
真冬の2月、とてもあたたかい気持ちになった夜だった。
田中さん、今野さん
六本木未来大学のみなさん
ありがとうございました。
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