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梨うまい『悔しみノート』 ピュアな嫉妬は極上のレビュー本だった

書籍・マンガ
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「梨うまい」というちょっとフザけた名前の人が書いた本なんですがね、これが中身は全然フザけていない、ものすごい本でした。

 

表紙にもある通り、「完全なる負け犬の遠吠え」には違いないんですが、遠吠えもここまでいくと文藝という立派な芸術です。

 

まずね、出版の経緯がすごい。

 

本書はジェーン・スーさんという方のラジオの相談コーナーに、梨うまいさんが悩みを投稿したのがそもそもの始まり。

 

ちなみに「梨うまい」っていうのは、ラジオネームです。

 

でね、梨さんって日芸を出ているんです。日大芸術学部。映画監督や芸能人で何人も有名な人が出ているところです。三谷幸喜とかクドカンとか。ちなみに爆笑問題は中退してる。

 

その日芸でかなりマジメに演劇に取り組み、卒業後もフリーで活動。でもなかなか上手くいかずに体調を崩し、実家に帰ってバイト暮らしをしているんですが、エンタメ作品を見るたびに悔しくてたまらないという内容を投稿します。

 

これを聞いたスーさん、そういう挫折はするもんだから気にしなくていいよと。でも、そこで感じた負の感情は時間とともにクリーニングされちゃうから、書き留めておいたらいいんじゃないかなと。今日から鑑賞したエンタメ作品に対して『悔しみノート』を書いたらいいんじゃないかと。

 

これを聞いた梨さん、なんと素直に『悔しみノート』を1年書き続けて、またラジオに送ったんです。そしたらそのクオリティに感動したスーさんが、これは世に出した方がいいと言い出して出版社を募り、あれよあれよというまに本当に出版されてしまったと。

 

なんかもうこの経緯だけですごいでしょ。

1年後にって、どんだけマジメなんだよって。

 

で、肝心の中身はというと、これがまたすごいのです。

 

本書には75篇の悔しみノートが収録されていて、脚注に作品がクレジットされているんですけど、なんとその数96作品。しかも、文中にはこれ以上に作品が登場するので、実際には150くらいあるんじゃないかな。

 

映画、ドラマ、音楽、漫画など、そのジャンルが幅広いし、それらすべてに対してどこがどうすごいのかを克明に語る。しかもサラッと別な作品を引き合いに出してきたりする。この引き出しがまたすごい。なんでそんなところから出してくんの!?みたいな感じ。

 

さらに作品を受け手として味わうことはもちろん、作り手側の視点でも「ここがすごいんだって!なんでわかんねーのッ!」と吠えまくるんです。

 

つまりね、知識の量がハンパないのです。さすが日芸でマジメにやっていただけのことはある。本人はそのマジメさのわりに活躍できないことを悔しんでいるですけど、でも間違いなくそこで培ってきたものが本書に厚みをあたえているんです。

 

もちろん梨さんより詳しい人はいると思いますよ。でもピュアな悔しみの熱量で語ってくる、いや、畳みかけてくるっていうのには、なかなかお目にかからないんじゃないかと思うんですよ。

 

こんな作品を書きたいッ!

こんなふうになりたいッ!

それわたしがやりたかった!

うらやましいッ!

クソがッ!

 

圧倒的嫉妬。

 

このテンションで言われたら、そこで語られている作品がどんだけすごいのか確かめたくなるってもんでしょ。

 

もともと本になるなんて考えてもいないから、とにかく素の感情をルーズリーフに書き殴っている。目の前の紙に叩きつけてる。直筆のノートがそのまま掲載されているページもあるんですけど、その熱量がビシバシ伝わってくるんです。

 

たぶん本書を読んだ人のほとんどが、そこに登場する作品を観たくなる、聴きたくなると思いますよ。だってその作品を知らないと、梨さんの悔しみに共感できないし、そのことがとにかく悔しいからです。

 

なんでこの作品を自分は知らねーんだ!とね。

 

しかも梨さんの嫉妬は、作品や演者が優れていればこそ。つまり梨さん自身が下がることで、作品が上がり演者が上がるわけです。

 

そこには確かに愛とリスペクトがある。

 

だから、この『悔しみノート』は負け犬の遠吠えを装った極上のレビュー本なんです。

 

あとね嫉妬や怒りを表現する力が卓越してることも、本書の魅力と言えるでしょう。

 

人に読ませることを想定していないから、かなり粗暴な表現も目立ちます。そういうのが好きでない人は、読むのが嫌になってしまうかもしれないです。それくらいピュアなんで。

 

でも同時にユニークで可笑しみがある表現もたくさんあるんです。どこをどうしたらそういう言い回しが浮かぶんだろうというのが、もうそこら中に散らばっています。10秒に1回梨うまい節。これはぜひとも味わっていただきたい。

 

 

とにかくね、何かを作ろうとか表現しようしている人は、本書を読むと共感すること間違い梨だと思います。あ、梨じゃなかったね、間違いなしッ!

 

現在進行形の人はもちろん、過去にそういうことがあった人も「うわあ、わかるわかるー!」ってなることうけあいです。

 

と、ここまで書いて思いました。

梨さんみたいに書けねえな。まだまだ熱量が足りねぇなって。

クソがっ!

 

 

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